大判例

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福岡高等裁判所 昭和58年(ネ)191号 判決

控訴人

住友重機械建機販売株式会社

右代表者

福屋博臨

右訴訟代理人

中川瑞夫

被控訴人

有限会社香川不動産部

右代表者

香川一雄

右訴訟代理人

舞田邦彦

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は「1原判決を取消す。2被控訴人は控訴人に対し、原判決別紙物件目録記載の建設機械(以下、本件機械ともいう)を引渡し、かつ、昭和五七年一月一三日から右引渡しずみまで一日につき一万円の割合による金員を支払え。3訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに右2項につき仮執行の宣言を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

二  〈省略〉

理由

一〈証拠〉によれば、請求原因1、2項の事実(但し、売買の日付は昭和五五年一〇月二二日である。なお、残代金は三五二万七〇〇〇円となる。)を認めることができるところ、被控訴人が本件機械を占有していることは当事者間に争いがない。

二そこで、即時取得の成否について判断する。

1  〈証拠〉によれば、被控訴会社は、昭和五六年一一月二七日、嶋田の代理人倉岡との間で、本件機械を代金三〇〇万円で買受ける旨の売買契約を締結し、同代金については、被控訴会社が昭和五六年七月頃嶋田に対し手形割引の方法により融資した金三〇〇万円の消費貸借契約に基づく債権と対当額で相殺する旨の合意をなした(本件機械の占有については、被控訴会社は右消費貸借契約に基づく債権の担保として本件機械の提供を受け、占有中であつた。以下、本件売買ともいう。)ことが認められ、同認定を覆えすに足りる証拠はない。

2  右認定の事実及び前記当事者間に争いのない事実によれば、被控訴会社は、嶋田から控訴会社が所有権を留保中の本件機械を買受けたこととなるところ、民法一八六条、一八八条の解釈上、被控訴会社は右取得時において善意、平穏、公然、無過失であつたことが推定されるものである。

3  ところで、控訴人は、被控訴会社が本件機械の所有者を嶋田であると信じたことにつき過失がある旨主張するので、以下検討する。

(一)  〈証拠〉によれば、次の各事実が認められ、〈反証排斥略〉、他に同認定を覆えすに足りる証拠はない。

(1) 本件機械は、住友重機械工業株式会社が昭和五二年七月に製造したもので、その頃同会社から控訴会社に所有権を移転され、さらに控訴会社から広田重機に一旦売却されたが、広田重機の割賦金不払により約一年後に控訴会社に引揚げられた。

(2) 嶋田は昭和五六年五、六月頃から資金繰りに窮し、日建清水との間に本件機械を対象とするいわゆるリースバック契約(嶋田は、本件機械を日建清水に一旦売渡し、代金支払のため日建清水から交付を受けた約束手形を他で割引くことによつて資金を得、同代金額に相当する金員を日建清水に返済すれば本件機械は嶋田に返還される。)を締結し、日建清水から同社振出の手形による融資を受けていた。

(3) しかし、日建清水もその頃必ずしも業績があがらず、同社振出の約束手形の信用性がなくなり、右手形により融資を受けることが困難となつていた。

そこで、当時日建清水の嘱託として建設機械の販売をしていた倉岡が、嶋田に金融を得させるため同人の意を受けて、同年七月頃、かねて日建清水と取引のあつた被控訴会社に本件機械を担保に額面金三〇〇万円の約束手形の割引を申込んだ。

被控訴会社は、有限会社香川商事等からなり金融を業とするいわゆる香川グループの一員であるが、昭和五六年春頃からは建設機械をも担保に融資するようになつていたことから、即日本件機械を担保とする右手形の割引依頼に応じ、本件機械は同日中に倉岡、嶋田同道で被控訴会社に持参の上、同会社の倉庫に搬入された。

(4) 昭和五六年一一月前記約束手形が不渡りとなつたので、同月二七日被控訴会社は前記のとおり嶋田との間で本件売買をなした。

(5) なお、被控訴会社においては、本件取引の際初めて嶋田を知つたのであるが、倉岡は本件取引前に被控訴会社から担保流れになつた建設機械を二度買受けるなど、同会社と取引があり、同会社においてもこれまでの取引でトラブルの発生がなかつたことから同人を信用していた。

(6) 被控訴会社においては、本件機械の引渡しを受けた際、本件機械が一見して昭和五一、二年製造の中古品であり、また、住友重機工業株式会社の製造にかかるものであるとの表示はあつたが、控訴会社がその所有権を留保していると窺わせるに足りる表示は何もなく、その本体部分には「嶋田工業」なる表示がされており、嶋田及び倉岡の両名から「本件機械は昭和五一、二年頃製造されたもので、一年以上前に嶋田が同業者から購入し、右代金は既に完済している。」旨の説明を受けたことから、嶋田が本件機械の所有者であると信じ、それ以上に売買契約書、譲渡証書等の確認や控訴会社に対する所有権留保の有無の問合せ等をしなかつた。

(7) 建設機械の販売については、新品についてはディーラーがユーザーに直接販売する方式と販売店を介在させる方式とがあり、販売店においては新品のみならず下取り等によつて取得した中古品の販売も行うのであるが、右いずれの場合も建設機械が一般に高価であることから代金は割賦払によつて支払われ、完済まで当該機械の所有権はディーラーあるいは販売店(以下、販売店等ともいう)に留保され、完済時に買主に所有権が移転するものとされ、譲渡証書が交付される。

(二)  しかして、右に認定した各事実によれば、本件のごとくユーザーからさらに建設機械の転売等を受けたとする者から当該建設機械を担保に提供され、あるいはこれを買受けようとする者としては、販売店等とユーザーとの間の売買契約が通常所有権留保付でなされることから、販売店等に対し所有権留保の有無を問合せるなど相手方の所有権の有無につき一般の売買に比しより高い注意義務を要求される場合があり、ましてそれが被控訴人のごとき金融を業とする者においてはより強く要求される場合があると解せられる。

そこで、次に、建設機械に担保権を設定し、あるいはこれを買受けようとする金融業者にとつて、いかなる場合にどのような方法で相手方の所有権の有無を調査すべき義務があるかについて検討し、次いで右認定のごとき経緯で本件機械を買受けた被控訴人の過失の有無を判断することとする。

(三)  前記(一)掲記の各証拠によれば、次の各事実を認めることができる。

(1) 建設機械の売買において定められる割賦払期間は、特に一〇〇〇万円を超えるような高価な場合を除き、新品の場合二四回ないし三〇回払、中古の場合一〇回払程度が通常である。

(2) 中古品については、同業者の倒産や経営悪化に伴いこれから購入する場合もあり、この場合には売主の所在を調査することさえ困難な場合が多く、また、売主が判つたとしても販売店名まで明らかになるとは限らず、販売店名が判明しない場合には多数の販売店を風つぶしに調査することが必要となり、その調査は必ずしも容易ではない。

また、建設機械等を対象とする取引業界において、機械類の販売譲渡が行われる場合、右販売譲渡は必ず当該目的物の譲渡証書とともに行われているわけではなく、却つて、当該目的物が新品とか特に高価なものではなく、製造後三、四年経過したものであれば、譲渡証書の所在も判明しないことが多い。

従つて、当該建設機械について所有権留保の有無を調査することは必ずしも容易でない。

(3) そのため、被控訴会社においては、建設機械が新品あるいは製造後二、三年以内の場合、割賦払期間が長期にわたることが予想される高価品の場合、ディーラーから直接購入している場合には、ディーラー等に対する問合せ等により所有権留保の有無を調査するが、右以外の場合は相手方に直接確認するだけにしている。

(四)  しかして、右(三)で認定した各事実を総合して判断すれば、建設機械に担保を設定し、あるいはこれを買受けようとする金融業者としては、当該機械が新品あるいは製造後二、三年以内の場合、割賦払期間が長期にわたることが予想される一〇〇〇万円を超えるような高価品の場合等割賦金の支払を完了していないことが予想される事由が存する場合には、相手方に販売した者や販売店等に対し所有権留保の有無の調査をする義務があるといえるが、それ以外の場合にまで、取引の安全を犠牲にして常に金融業者にかかる調査義務を負わせることは酷に過ぎる(かかる場合は、販売店等自らが当該目的物にいわゆるネームプレートを取付けるなどしてその所有権の確保をはかるべきであろう。)というべきであり、かかる場合は金融業者において相手方に対し取得時期、取得経緯、代金完済の有無を質問するなどし、相手方の回答や建設機械の客観的形状、これまでの取引の経緯等により相手方が所有権を有するとの合理的な心証を得た場合には、静的安全と動的安全との調和上からも、それ以上に所有権留保の有無について調査すべき義務はないと解するのが相当である。

(五)  そこで、これを本件についてみるに、被控訴会社の、建設機械につき一般的にこれが新品あるいは製造後二、三年以内の場合、割賦払期間が長期にわたることが予想される高価品の場合、ディーラーから直接購入している場合には、ディーラー等に対する問合せ等により所有権留保の有無を調査するが、右以外の場合は相手方に直接確認するだけにするとの取扱いは、相当であり、本件売買についても、前記3(一)(5)、同(6)に認定した各事情の下では、被控訴会社において、本件機械の所有者が嶋田であると信じたことは合理的な理由があり、被控訴会社においてそれ以上に所有権留保の有無の調査をしなかつた点に特に責められるべき点があるとは認められない。

(六)  従つて、被控訴会社が嶋田を本件機械の所有者であると信じたことにつき過失があるとはいまだにいえず、他に前記推定を覆すに足りる証拠はない。

そうすれば、被控訴会社は民法一九二条により本件機械の所有権を即時取得したものというべきである。

二以上のとおりであるから、控訴人の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないから失当として棄却すべく、これと趣旨を同じくする原判決は正当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(蓑田速夫 金澤英一 吉村俊一)

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